上司の心をつかむリテラシー 〜シン報・連・相とは〜

はじめに
あなたは、上司へのレポートに対して「もっと早く言え」と叱責された経験はありませんか?
あるいは「この人、どうして私の提案を聞いてくれないんだろう」とため息をついたことはありませんか?
私自身、国内外でのマネジメント経験を通じて、様々なタイプの上司と関わってきました。
特に海外では言葉の壁もある中で、いかに自分の考えを伝え、相手の協力を得るかが大きな課題でした。
ある時、ベトナム(ハノイ)ブランチ営業拠点を作るのに苦戦していました。
現地の部長に新しい営業戦略を導入したいと思っていましたが、なかなか理解を得られません。
毎回のミーティングが平行線、、私は「なぜ分かってくれないんだ」とイライラしていました。
そんな時、同じ部署の新任マネージャーBさんが見事にその部長を説得しているのを目の当たりにしたのです。
Bさんは提案の前に、まず部長の過去の功績を認め、「さすがですね」と言いました。
そして「知らなかったのですが、その時はどうやって決断されたのですか?」と質問。
最後に自分の提案を「部長の築いてこられた計画をさらに伸ばせる」という形で提示したのです。
驚いたことに、いつも頑なだった部長が前向きに検討してくれるようになったのです。
「報連相」から「シン報連相」へ
ビジネスの基本として、報告・連絡・相談、いわゆる「ホウ・レン・ソウ」の重要性は今も変わりません。
しかし、その形は時代とともに変化していく必要があります。
従来の報連相は「上司に情報を上げる」という一方通行の意味合いが強かったように思います。
しかし現代では、単に情報を上げるだけでなく、いかにして「聞いてもらえる状態」を作るか、そして「共に解決策を見出す」かが重要になってきています。
これを「シン報連相」と呼んでいます。
実際、ある調査によると、従業員の78%が「上司とのコミュニケーションに満足していない」と回答しています。
また、同じ調査では「上司からのフィードバックが少ない」「提案が聞き入れられない」という不満が上位を占めていました。
これは報連相の在り方を見直す必要性を示唆しています。
上司リテラシーと上向きのリーダーシップ
ここで重要になってくるのが「上司リテラシー」です。
これは組織で権限を持った上司と効果的にコミュニケーションを取る能力、つまり「上向きのリーダーシップ」のことです。
アサーティブネス(適切な自己主張)はその核となるスキルです。
その中でも私が特に効果的だと感じているのが「さしすせそ」の相槌テクニックです。
- さ:「さすがですね」(承認欲求を満たす)
- し:「知らなかったです」(相手が教えたくなる)
- す:「すごいですね」(自己肯定感を高める)
- せ:「センスがいいですね」(特別感を満たす)
- そ:「そうなんですね」(傾聴していることを示す)
これらは単なるリップサービスではありませんが、経営者などを相手にするホステスの方も使っているテクニックです。
相手の経験や知見を真摯に認め、その上で建設的な対話を生み出すための橋渡しなのです。
似たもので、コミュニケーションの「あいうえお」があります。
- あ:「ありがとうございます」(感謝を伝える)
- い:「いえ、とんでもございません」(謙虚さを伝える)
- う:「運が悪かったですね」(相手の気持ちを救う)
- え:「縁がありますね」(強い絆を生む)
- お:「恩に着ます」(深い感謝を表す)
このワードだけを見ると如何なのかと見えるかもしれませんが、これらもアサーティブネスの一種です。
自分のことをリスペクトしている人の意見や提案ならば、受け入れてもいいかなと思うのが人間の特性でもあるのです。
興味深いことに、ハーバードビジネススクールの研究では、ポジティブなコミュニケーションを通じて相手の自己肯定感を高める関わりが、組織の生産性を平均23%向上させることが示されています。
なぜ、効果的なのか
大手食品メーカーのプロジェクト改善を担当した時のことです。
新商品開発チームは優秀でしたが、アイデアがなかなか経営層に承認されず、モチベーションが下がっていました。
そこで私は彼らにコミュニケーション方法の見直しを提案しました。
次のプレゼンでは、まず経営層の過去の決断や実績を「さすがです」と認める時間を作り、「知らなかったのですが、当時はどのような判断基準で決められたのですか?」と質問、その基準を踏まえた上で新商品の提案を行ったのです。
最初は懐疑的だったチームメンバーも、経営層からの反応が明らかに変わったことで驚きました。
経営層は自分たちの知見が尊重されていると感じ、新しい提案にも耳を傾けてくれるようになったのです。
結果として半年後には新商品のローンチが実現しました。
人は自分をリスペクトしてくれる人の意見なら、受け入れやすくなるものです。
これは単なる心理テクニックではなく、相互理解と信頼関係を築くための基本姿勢なのです。
全国200社の経営者を対象にした調査では、信頼できる部下の条件として「自分の考えを理解してくれる」(67%)、「互いに尊重し合える関係性がある」(58%)が上位を占めており、これはこの効果と合致します。
シン報連相の実践法
では具体的に、どうすれば報連相をアップデートできるのでしょうか。
- 事前の心の準備: 相手の立場や視点を想像してから対話に臨む
- 「さしすせそ」「あいうえお」の活用: 相手の話を尊重する姿勢を示す
特に大切なのは、相手を批判せず、共に問題解決に向かう姿勢です。
例えば、締め切りに間に合わない可能性が出てきた場合、従来の報連相では「締め切りに間に合いそうにありません」と報告するだけでした。
しかし、シン報連相では:
「佐藤部長、先日の営業戦略は本当に勉強になりました(さ)。
実は今回のプロジェクトで問題が生じています。
このままでは締め切りに間に合わない可能性があり、心配しています。
AチームとBチームで分担するか、納期の再交渉をするかの2つの案を考えました。どちらが良いと思われますか?」
このアプローチなら、問題提起と同時に解決策も提示でき、上司も意思決定に参加できます。
米国の経営コンサルタント会社の調査によると、問題報告と同時に選択肢を提示されると、管理職の87%が「前向きに対応したいと感じる」と回答しています。
明日から実践できるシン報連相
あなたも明日から「さしすせそ」「あいうえお」を意識してみませんか?特に難しい話をする前に「さすがですね」「知らなかったです」などの言葉を入れてみるだけでも、会話の流れは大きく変わるはずです。
重要なのは、これが単なるテクニックではなく、相手を尊重し理解しようとする姿勢から生まれるものだということ。形だけ真似ても効果は半減します。
今からの時代も、相手(上司)や目上の人を理解し、適切に説得していく力、つまり「上司リテラシー」は必要不可欠です。報連相のあり方は変わっても、相互理解と尊重という本質は変わりません。
あなたのコミュニケーションが、明日からほんの少し変わることを願っています。
出典:株式会社クロスメディア・パブリッシング 2024年初版発行「シン報連相」著者:曽和利光
株式会社コーチ&メンタージャパン 髙木明宏