vol.89 「観察 」からコミュニケーションは始まる

言葉の裏に、本当のことが隠れている
「はい、わかりました」
部下がそう答えたとき、あなたはその言葉をそのまま受け取っていませんか?
声のトーンが少し低かった。
目が合わなかった。
返事のタイミングが妙に早すぎた。
そういった小さなサインに気づいたとき、私はいつも「この人は今、何かを抱えているな」と感じます。
コーチングの現場で長年向き合ってきた経験から、私が確信していることがあります。
それは、人が本当に伝えたいことは、言葉よりも言葉以外のところに宿る、ということです。
「見る」ことと「観察する」ことは、まったく違う
「観察する(Observation)」というと、なんだか難しそうに聞こえるかもしれません。
でも、これは特別なスキルではなく、相手への興味・関心を持って、その人をちゃんと「見ようとする」ことから始まります。
私がコーチングセッションで意識していることがあります。クライアントの方が話し始めたとき、私は「何を言っているか」だけでなく、「どんな表情で」「どんな声で」「どんな間を置いて」話しているかを同時に受け取ろうとしています。
たとえば、あるクライアントの方が新しいプロジェクトについて話してくださったとき、言葉の内容はポジティブなものでした。しかし声がいつもより小さく、身振りも控えめで、どこか力が入っていない。そこで私は「今のお話を聞いていて、少し声のトーンが変わった気がしましたが、何か気になっていることはありますか?」とお聞きしました。
すると、「実は、、」と、それまで口にしていなかった不安が出てきたのです。
これが観察です。言葉だけを追うのではなく、その人の全体を受け取ること。
国際コーチング連盟(ICF)のコアコンピテンシーにも、「コーチはクライアントのエネルギーの変化、非言語的な情報、またはその他の行動を探索している」と明記されています。観察は、コーチングの中核をなすスキルなのです。
出典:ICF Core Competencies, Competency 6: Listens Actively
「この人はどんな人か」を知ることが、コミュニケーションの出発点
私は長年、製造業の現場でマネジメントに携わり、海外での仕事も経験してきました。国も言葉も価値観も違う人たちと働く中で、痛感したことがあります。「自分のやり方を押しつけても、うまくいかない」ということです。
相手がどんなことに意欲を感じるのか。どんな言葉に反応するのか。何に不安を覚えるのか。それを理解して初めて、その人に響くコミュニケーションができる。
コーチング理論では、これを「テーラーメイド(個別対応)」と呼びます。一人ひとりに合わせた関わり方をするためには、その前に相手をよく「観察する」ことが不可欠です。
観察とは、相手を分析することではありません。
相手に興味・関心を持ち、その人を理解しようとする姿勢そのものです。
その姿勢が伝わったとき、人は「この人は自分のことを見てくれている」と感じ、心を開いてくれます。
観察力を磨くための3つのポイント
では、具体的にどうすれば観察力を高められるのでしょうか。私が意識していることをお伝えします。
1. 言葉と非言語のズレに気づく
「大丈夫です」という言葉と、疲れた表情や重たい声が一致していなければ、そこに本音が隠れているかもしれません。言葉だけでなく、表情・声のトーン・視線・姿勢・間(ま)など、五感をフルに使って相手を感じてみてください。
2. 先入観を手放す
「どうせこう言うだろう」「この人はこういうタイプだ」という思い込みは、観察の邪魔になります。毎回、新鮮な目で相手と向き合うこと。「ありのままを見る」姿勢が大切です。
3. パターンを記録する
「この話題になると、声が小さくなる」「うまくいっているときは、よく身振りが入る」など、相手の行動の傾向をメモしておくと、その人への理解が深まります。感情の起伏や行動パターンをとらえることで、より的確なフィードバックができるようになります。
参考:NLPの観察力研究、ICFコアコンピテンシー、コーチ・エィ「コーチングとは」
一方通行のコミュニケーションから、双方向へ
観察力が高まると、何が変わるか。
相手の反応を受け取る余裕が生まれ、話すタイミングを選べるようになります。「この人には今、こう伝えるのがいい」という判断ができるようになります。会議の場でも、1on1でも、コミュニケーションの引き出しが格段に増えます。
指示を出したのに動かない、伝えたはずなのに伝わっていない、そんな悩みの多くは、「一方的に伝えることに集中しすぎていた」ことに起因します。
観察とは、相手を変えようとする前に、まず相手を知ろうとすること。
その姿勢が、コミュニケーションを根本から変えていくのです。
今日から始められること
少し大げさに聞こえるかもしれませんが、観察は今日から始められます。
明日の朝、部下やチームメンバーと話すとき、ほんの少しだけ意識を向けてみてください。
「今日のあの人は、いつもと違うかな?」
「声のトーンが変わった気がする」。
そんな気づきの積み重ねが、やがてあなたのコミュニケーション全体を変えていきます。
コーチングには「見る・聴く・問う」という三つの基本スキルがありますが、すべての出発点は「見ること」です。
あなたは今、目の前の相手を本当に見ていますか?
株式会社コーチ&メンタージャパン
代表取締役 高木明宏
