vol.94「話さない」のではなく、「話せない」のかもしれない

「話さない」のではなく、「話せない」のかもしれない
~あなたの対話力、診断してみませんか~
先日、ある経営者の方から、こんな話を伺いました。
とても優秀な社員が、退職を申し出てきたのだそうです。突然のことに驚いたその経営者は、理由を尋ねました。すると、その社員はぽつりぽつりと、これまで感じていた違和感や、小さな不満を話し始めたといいます。仕事の進め方、評価のされ方、日々のコミュニケーション。話を聞きながら、経営者は思ったそうです。「なぜ、もっと早く言ってくれなかったのだろう」と。
すると、その社員は静かにこう答えたそうです。
「言える雰囲気じゃなかったので」
この一言を聞いたとき、経営者は言葉を失った、とおっしゃっていました。
なぜ、部下は本音を話さないのか
「うちの部下は、何を考えているかわからない」「本音を話してくれない」――そんな声を、私は本当によく耳にします。多くの場合、そこには「部下がもっと積極的に話してくれたら」という、ある種の期待が込められています。
けれど、私はこの問いには、少し違う角度があるのではないかと思っています。それは、「話さない」のではなく「話せない」のかもしれない、という角度です。
部下が本音を話さないのは、その人が不誠実だからでも、意欲がないからでもありません。むしろ多くの場合、「話しても変わらない」「話すことでかえって評価が下がるかもしれない」という、ごく自然な自己防衛の結果なのだと思います。だとすれば、変えるべきは部下の姿勢ではなく、その手前にある「場」そのものなのではないでしょうか。
対話力とは、話す力ではなく、話しやすくする力
私が製造業で管理職として働いていた頃、そして海外でチームを率いていた頃、痛感したことがあります。それは、部下が本音を話してくれるかどうかは、部下の性格の問題ではなく、上司である自分がどう関わっているかにかかっている、ということです。
「対話力」と聞くと、多くの方は「うまく話す力」「説得する力」を思い浮かべるかもしれません。けれど、私が考える対話力とは、それとは少し違います。
相手が安心して本音を差し出せる場を、日々の関わりの中でつくっていく力。それこそが、本当の対話力なのだと思います。
ハーバード大学のエイミー・エドモンドソン教授が提唱した「心理的安全性」という考え方があります。チームの中で、自分の意見や懸念を、対人関係のリスクを恐れずに発言できる状態のことを指します。この安全性がなければ、どれだけ「何でも言っていいよ」と口で伝えても、部下の本音は出てきません。本音は、言葉ではなく、日々の関わりの積み重ねによってしか引き出せないのです。
対話力診断 ── 今のあなたを知る2分間
ここで、少しだけ立ち止まってみませんか。今のあなたの対話が、どのくらい「話せる場」になっているか。10問、2分ほどで見えてきます。
SELF CHECK — 管理職のための
対話力診断
10の質問に答えると、今のあなたの「対話の温度」が見えてきます。
正しい・間違っているはありません。今の自分を知るための時間です。
気づいた時が、始めどき
先ほどの経営者は、退職の面談で初めて本音を聞き、深く反省されたそうです。私はその姿勢を、とても誠実だと感じました。多くの人は、こうした出来事があっても、「あの社員がたまたま合わなかっただけ」と片づけてしまいがちだからです。
ただ、私があなたにお伝えしたいのは、「気づいた時にはもう遅い」ということでは、決してないということです。
その経営者は、その後、残っているメンバー一人ひとりとの関わり方を、少しずつ見直し始めました。特別なことをしたわけではありません。声をかけるタイミングを変えたり、話を最後まで遮らずに聞いたり、小さな変化に気づいたときに、それを言葉にして伝えたり。そんな、ささやかな積み重ねです。
対話力は、才能ではありません。今日この瞬間から、少しずつ育てていけるものです。過去にできなかったことを悔やむ必要はなく、ただ、今日からで大丈夫なのです。
あなたにとっての「本音を話せる場」
ここまで読んでくださったあなたに、一つだけ、お伺いしたいことがあります。
あなたのチームは今、本音を話せる場になっているでしょうか。もしかしたら、あなたの部下も、心のどこかで「言える雰囲気じゃない」と感じているかもしれません。それは、あなたが悪いということでは、決してありません。ただ、今この瞬間から、変えていくことができる、ということなのです。
「話さない」のではなく「話せない」のかもしれない。
そう捉え直すところから、対話は少しずつ変わっていくのではないでしょうか。
【出典・参考】 エイミー・C・エドモンドソン「心理的安全性」に関する研究(ハーバード・ビジネス・スクール)
株式会社コーチ&メンタージャパン
髙木明宏
