vol.74 「振り返り」の習慣で見えてくるもの

立ち止まる勇気が、次の一歩を照らす
先日、いつも通っている近所のカフェ店で、ちょっと嬉しい出来事がありました。
「実は、このお店、今月で5周年なんです」
レジでいつもの店員さんが、笑顔でそう教えてくれたのです。私が「おめでとうございます!」と声をかけると、彼女はしみじみとした表情で続けました。
「オープンしたのがちょうどコロナ禍の真っ只中で…新しく入ったスタッフともなかなか顔を合わせられなくて。何度もお店を閉めなきゃいけないこともあって、本当に大変だったんです。でも、あれからもう5年。よくここまで来られたなって」
その言葉を聞きながら、私は深く考えさせられました。
忙しさの中で、失われていくもの
あなたは最近、自分の歩んできた道を振り返る時間を持っていますか?
経営者として、管理職として、私たちは常に前を向いて走り続けることを求められます。次の目標、次の課題、次の締め切り。目の前のことに追われ、一日があっという間に過ぎていく。そんな毎日を送っている方も多いのではないでしょうか。
厚生労働省の「令和4年労働安全衛生調査」によれば、仕事や職業生活に関する強い不安やストレスを感じている労働者の割合は82.2%に上ります。
その主な要因として「仕事の量・質」が挙げられています。つまり、多くの人が目の前の仕事に追われ、立ち止まる余裕を失っているのです。
カフェの店員さんが「5周年」という節目を迎えて初めて、コロナ禍の困難や、それを乗り越えてきた日々を振り返ることができたように、私たちも意識的に立ち止まらなければ、自分がどこから来て、どこへ向かっているのかを見失ってしまいます。
振り返りは、単なる反省会ではない
私自身、国内、海外でマネジメントを経験してきた中で、最も大切にしてきた習慣の一つが「振り返りの時間」です。
特に海外の赤字工場を任されていた時期、毎日必ず30分だけ、一人で静かに振り返る時間を持つようにしていました。
その時に自分に問いかけていたのは、次の3つです。
「今やっていることは、目標に向かっているか?」
「効果的に働けているか?」
「新たに必要な知識や、技術、ツールはないか?」
この問いかけを繰り返す中で、不思議なことに「気づき」や「ひらめき」が生まれるのです。
たとえば、ある日の振り返りで気づいたことがあります。
私は会社の黒字化という目標に向かって、生産効率の改善ばかりに注力していました。
しかし、振り返ってみると、従業員のモチベーションという最も重要な要素を見落としていたのです。その気づきから、コーチングを工場に導入し、一人ひとりのリーダーシップを引き出す方向へと舵を切りました。結果として、約1年で黒字化を実現することができました。
定期的に振り返る理由
では、なぜ定期的に振り返る時間を取る必要があるのでしょうか。
それは、日常生活の中では、目標に対する注意がそれがちだからです。
朝出社して、メールをチェックし、会議に出て、部下からの相談を受け、取引先と電話をして、書類を作成して…。気がつけば一日が終わっている。そんな日々の中で、あなたが本当に目指している目標は、常に意識できているでしょうか?
コーチングの世界では、「目標へのベクトル」という言葉をよく使います。私たちが目指すゴールに向かって、今の行動が正しい方向を向いているか。このベクトルは、何度でもリマインドして目を向けていないと、いつの間にか方向がずれたり、分散してしまうのです。
国際コーチング連盟(ICF)の調査によれば、定期的なコーチングセッション(つまり定期的な振り返りと対話)を受けたビジネスリーダーの70%以上が、仕事のパフォーマンス向上を実感し、86%が投資に対して満足しているという結果が出ています。これは、定期的に立ち止まり、自分の方向性を確認することの価値を示しています。
振り返りが生む「余白」の力
定期的に振り返る時間を持つということは、課題に対して集中するための時間を確保するということでもあります。
忙しさの中で走り続けていると、私たちの思考には「余白」がなくなります。余白のない状態では、新しいアイデアも、本質的な問題への気づきも生まれません。
振り返りの時間は、その余白を意識的に作り出す行為なのです。
トヨタには「立ち止まって考える」という文化がありました。生産ラインで問題が起きたら、ラインを止めてでも原因を突き止める。忙しいからといって走り続けることよりも、立ち止まって本質を見極めることの方が、結果的には早く、確実に目標へたどり着けるのです。
あなたへの問いかけ
では、あなたに問いかけてみたいと思います。
あなたは今、どこへ向かっていますか?
今やっていることは、あなたの本当の目標に向かっているでしょうか?
あなたのチームは、正しい方向を向いて進んでいますか?
もし、これらの問いにすぐに答えられないとしたら、それは振り返りの時間が足りていないサインかもしれません。
カフェの店員さんが5周年という節目で振り返ったように、私たちも定期的に立ち止まり、自分の歩みを確認する必要があります。毎日でなくてもかまいません。週に一度、30分だけでも、自分と向き合う時間を持ってみてください。
その30分が、あなたの次の一歩を照らす光になるはずです。
振り返りは、後ろを向くことではありません。
むしろ、前に進むための羅針盤を手に入れることなのです。
出典
- 厚生労働省「令和4年労働安全衛生調査(実態調査)」
- International Coaching Federation (ICF) “2020 ICF Global Coaching Study”
株式会社コーチ&メンタージャパン
代表取締役 高木明宏

