vol.83 選び、捨て、集中する「エッセンシャル思考」の働き方

「デキる人」が疲弊する、意外な理由
ある営業所長の話をしましょう。
彼女は、周囲から「デキる人」と評判の女性管理職でした。仕事は速い、気が利く、頼めば必ずやってくれる。上司からも部下からも信頼され、次々と仕事が集まってきます。「あの人に頼めば大丈夫」という空気が職場に生まれ、気がつけば彼女のデスクは、自分の仕事と誰かから頼まれた仕事で山積みになっていました。
朝一番に出社し、最後に退社する。それでも終わらない。睡眠を削って、週末も働く。「もう少し頑張れば追いつける」と自分に言い聞かせながら、でも一向に追いつかない。
ある日、私が彼女にこう聞きました。
「今、あなたが本当にやりたい仕事ってなんですか?」
しばらく沈黙した後、彼女はこう答えました。
「・・・わからなくなってしまいました」
エッセンシャル思考とは
「エッセンシャル思考」という言葉を聞いたことはありますか?
グレッグ・マキューンが著書『エッセンシャル思考』の中で提唱したこの考え方を一言で表すなら、
「本当に大切なことだけを選び、それ以外を捨て、集中する技術」です。
大事なのは、これが単なる「時間管理術」ではないということです。
エッセンシャル思考の本質は、何をするかではなく、何をしないかを決めることにあります。
この考え方には、3つの核心があります。
1 選択(チョイス):自分は何に時間とエネルギーを使うか、自分で選ぶ力があるということ。
2 無駄なもの(ノイズ):やることの大半は、実は不要。本質だけに絞ることで、成果は最大化される。
3 覚悟(トレードオフ):何かに「イエス」と言うためには、他の何かに「ノー」と言わなければならない。
シンプルに聞こえるかもしれません。でも、これが実践できている人は、思った以上に少ない。
特に、デキる人ほど、この罠に陥りやすいのです。
「全部重要」は、実は「何も重要でない」と同じこと
あなたの周りにも、こういう方はいませんか。あるいは、あなた自身がそうかもしれません。
能力が高い人ほど、頼まれごとを断れません。それは決して悪いことではありません。責任感が強く、周囲への貢献を惜しまない。そういう人間性があるからこそ、信頼されるのです。
でも、ここに落とし穴があります。
すべてのタスクを「重要」と判断してしまうと、結果として優先順位が生まれません。優先順位がなければ、人は差し迫った順番に処理するしかなくなる。締め切りが近いものから手をつけ、気がついたら本当に重要なことが後回しになっている。そして、何もかもが中途半端に終わる。
グレッグ・マキューンはこう言っています。「もし優先順位をつけなければ、誰かほかの人があなたの優先順位を決める」と。
忙しい毎日の中で、あなたは本当に「自分の優先順位」を自分で決めていますか?
「デキる人」が陥りやすい3つの罠
私がコーチングの現場で見てきた中で、能力の高い人ほど繰り返し陥るパターンがあります。
一つ目は、希望的観測で計画を立てること。
車で移動するとき、「5分もあれば着くだろう」と渋滞や工事を考慮せずに見積もってしまう。これは仕事でも同じです。「これくらいで終わるはず」という楽観的な見積もりが重なり、スケジュールはいつも崩壊寸前になります。余白を持つことへの罪悪感が、さらに自分を追い詰めていくのです。
二つ目は、手段が目的化すること。
例えば副業を始めた人が、最初は「家族との時間を豊かにするため」と思っていたのに、いつの間にか「副業をこなすこと」自体が目的になってしまう。本来大切にしたかったものが、どこかへ消えていく。これは副業に限らず、会議、報告書、資格取得など、あらゆる場面で起きることです。
三つ目は、根性で乗り越えようとすること。
「時間=成果」という思い込みのもと、睡眠を削り、休みを返上して努力する。でも、これは長続きしません。睡眠不足の状態では判断力が落ち、ミスが増え、結果的にパフォーマンスは下がります。ランド研究所の調査によれば、睡眠不足による日本の経済損失は年間約15兆円にのぼるとも言われています。根性は美徳ですが、消耗し続けることは美徳ではありません。
「手放す」ことは、逃げではなく「勇気ある行動」
では、どうすればいいのか。
答えはシンプルです。
非エッセンシャルなものを手放す勇気を持つことです。
ただ、これが難しい。「断ったら迷惑をかける」「自分がやらなければ誰がやる」「頑張ることが正しい」という思い込みが、手放すことを妨げます。
でも、考えてみてください。あなたが抱え込むことで、部下が育つ機会を奪っていませんか?
あなたが疲弊することで、チームの空気が重くなっていませんか?
コーチングの現場でよく使う問いがあります。
「もしこれをやらなかったら、本当に困ることは何ですか?」
多くの場合、この問いに向き合うと、「実はそれほど困らないかもしれない」と気づく瞬間が訪れます。
その気づきこそが、エッセンシャルな働き方への第一歩です。
あなたが「ノー」と言える日から、チームは変わり始める
先ほどの営業所長の話に戻りましょう。
彼女はコーチングを通じて、自分が本当に集中すべき仕事を3つに絞りました。そして、それ以外の仕事を少しずつ部下に任せる練習を始めました。
最初は怖かったと言います。「ちゃんとやってくれるだろうか」「クオリティが落ちるんじゃないか」と。でも、任された部下たちは思った以上に成長しました。そして彼女自身は、本当にやるべき仕事に集中できるようになり、半年後には残業が大幅に減り、「仕事が楽しくなった」と笑顔で話してくれました。
選ぶ、捨てる、集中する。
この3つを実践できた人から、本当の意味での成果と充実感を手にしていきます。
あなたは今、何を手放せますか?
その問いを、ぜひ今日一度、自分自身に向けてみてください。
株式会社コーチ&メンタージャパン
代表取締役 髙木明宏
【出典】
- グレッグ・マキューン著『エッセンシャル思考 最少の時間で成果を最大にする』(かんき出版)
- ランド研究所「Sleep Deprivation and Work」(2016年)|睡眠不足による経済損失に関する調査

