vol.85 サーバントリーダーシップが、VUCAの時代を切り拓く

「私がいないと、何も決まらない」
ある商社で営業部長を務めるBさんは、社内でも一目置かれる存在でした。長年、自らトップセールスとして実績を積み上げ、40代で営業部長に昇進。誰よりも商品知識があり、顧客との交渉力も抜群。「頼りになる上司」として部下からの信頼も厚いと思っていました。
ところがある日、Bさんは気づきます。
会議で部下たちに「この案件、どう進める?」と問いかけても、誰も口を開かない。しばらく沈黙が続いたあと、ベテラン社員がぼそりと言いました。「部長、どうすればいいですか?」
その瞬間、Bさんの胸にじわりと不安が広がりました。 「私がいないと、何も決まらないのか」
私がBさんとコーチングセッションを始めたのは、そのタイミングでした。
VUCAの時代に「答えを持つリーダー」は通用するか
今、私たちは「VUCA」と呼ばれる時代を生きています。Volatility(変動性)、Uncertainty(不確実性)、Complexity(複雑性)、Ambiguity(曖昧性)
要するに「先が読めない時代」です。
商社のビジネスは特にその影響を受けやすい。原材料の価格変動、為替リスク、取引先の方針転換
昨日の正解が今日には通用しないことが日常茶飯事です。
こういう環境で、リーダーが「自分が答えを出す」スタイルを続けると何が起きるか。部下は「考えること」をやめ、リーダーの判断を待つだけになります。Bさんのチームに起きていたのは、まさにそれでした。
優秀なリーダーであればあるほど、陥りやすい落とし穴です。「自分が動いた方が早い」「自分が答えを出した方が確実」
その積み重ねが、いつの間にか部下から「考える力」を奪っていくのです。
「支えるリーダーシップ」の5つのバリュー
ここで注目したいのが、「サーバントリーダーシップ」という考え方です。
サーバント(Servant)とは「奉仕者」という意味ですが、決して「何でも言うことを聞く」ということではありません。リーダーが部下の成長と主体性を引き出すために、”支える側”に回るというリーダーシップの在り方です。
この概念を提唱したのは、アメリカの経営思想家ロバート・K・グリーンリーフ。彼は1970年の論文「The Servant as Leader」の中で、「リーダーはまず奉仕者であるべきだ」と説きました。
サーバントリーダーシップには、5つの大切なバリュー(価値観)があります。
1.個人の尊重
部下一人ひとりを「同じように動かせる駒」としてではなく、異なる強み・価値観・可能性を持つ「個人」として見ることです。Bさんは当初、部下全員に同じやり方を求めていました。しかし一人ひとりをよく観察すると、数字に強い人、顧客との関係構築が得意な人、アイデアが豊富な人——それぞれ違う輝き方があることに気づいていきます。
2.導く
命令で動かすのではなく、「なぜこの仕事が大切なのか」「チームとしてどこを目指すのか」を言葉にして共有することです。Bさんはそれまで「何をするか」は伝えていましたが、「なぜするか」をほとんど話していなかったことに気づきました。方向性が共有されると、部下は自分の頭で考えて動き始めます。
3.サーブする(奉仕する)
「部下のために何ができるか」を問い続ける姿勢です。部下が動きやすい環境を整える、困っていることを取り除く、必要な情報を共有する——Bさんは「部下が私に何をしてくれるか」ではなく、「私が部下に何をしてあげられるか」に意識を向けるようになりました。
4.引き出す
部下の中にある可能性・アイデア・意欲を、問いかけと傾聴によって引き出すことです。「どう思う?」「あなたならどうしたい?」「このチームで一番大切にしたいことは何?」——こういった問いが、部下自身も気づいていなかった答えを掘り起こします。答えを「与える」のではなく、「一緒に探す」感覚です。
5.個人の成長
目の前の数字だけでなく、「この人は成長しているか」に関心を持つことです。失敗を責めるのではなく「この経験から何を学べたか」を問い、長期的な視点で育てる姿勢が、部下の自信とエンゲージメントを育みます。
国際コーチング連盟(ICF)の調査によれば、コーチング型のリーダーシップを実践している組織では、従業員のエンゲージメントが大幅に向上するという結果が出ています。また、Gallupの調査でも、マネジャーの関わり方の違いがチームのパフォーマンスの差異の約70%を説明するとされており、「どう支えるか」が成果に直結することがわかります。
出典:ICF Global Coaching Study 2023、Gallup “State of the Global Workplace” 2023
チームが変わった瞬間
セッションを重ねる中で、Bさんは少しずつ変わっていきました。会議での口癖だった「こうしなさい」が、「あなたはどう思う?」に変わっていきました。
最初は戸惑っていた部下たちも、少しずつ自分の意見を口にするようになりました。ある若手社員が「この顧客には、こういうアプローチの方が刺さると思います」と自分から提案してきた時、Bさんは思わず目を細めました。
「以前の私なら、黙って自分のやり方を押しつけていたと思います。でも今は、この子たちが自分で答えを出していく様子を見ることが、一番の喜びになっています」
それがBさんの言葉です。
チームの売上は変わらなくても、会議の空気が変わりました。部下たちの表情が変わりました。そして何より、Bさん自身が「リーダーとしての喜び」を取り戻していきました。
あなたのチームに「問いかけ」はあるか
あなたは最近、部下に「どう思う?」と聞きましたか?
「自分が答えを出した方が早い」と感じているなら、少し立ち止まってみてください。その積み重ねが、チームの「考える力」を少しずつ奪っているかもしれません。
個人を尊重し、方向を示し、奉仕し、可能性を引き出し、成長を支える——この5つのバリューこそが、先の読めないVUCAの時代にリーダーに求められる姿ではないでしょうか。
あなたのチームの中に、まだ誰も気づいていない「答え」が眠っているとしたら——それを引き出すのは、あなたの「問いかけ」と「支える姿勢」ではないでしょうか。
株式会社コーチ&メンタージャパン
代表取締役 髙木明宏
